大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)3148号 判決 1985年3月18日
原告
矢野博
右訴訟代理人
大深忠延
同
中村悟
松井清志
三木俊博
大櫛和雄
被告
東亜貿易株式会社
右代表者
越智健市
被告
越智健市
被告
越智禧旦
被告
大坂芳彦
被告
石井昭彦
被告
道道秀雄
右被告六名訴訟代理人
山下顕次
被告
東亜貿易株式会社
右代表者清算人
我孫子均
被告
我孫子均
右被告両名訴訟代理人
小林則夫
被告
日本国際金市場株式会社
右代表者
三宅登志雄
被告
三宅登志雄
右被告両名訴訟代理人
富永義政
高井正直
太田耕造
福田治榮
菊池祥明
被告
日本信販株式会社
右代表者
小泉徳夫
右訴訟代理人
入江正信
山下孝之
川添博
長谷川宅司
主文
一 被告日本信販株式会社は、原告に対し、別紙債券目録記載の債券を引渡せ。
二 被告東亜貿易株式会社(本店所在地東京都)、同越智健市、同東亜貿易株式会社(本店所在地大阪市)、同我孫子均、同日本国際金市場株式会社、同三宅登志雄は、原告に対し、各自、金五六一二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告の被告越智禧旦、同大坂芳彦、同石井昭彦、同道道秀雄に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用は、原告と第一、二項掲記の被告らとの間に生じた分は同被告らの、原告と第三項掲記の被告らとの間に生じた分は原告の、各負担とする。
五 この判決は、原告勝訴部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一 当事者の呼称
本件においては、本店を東京都港区芝大門一丁目六番五号とする被告東亜貿易株式会社と、本店をもと大阪市淀川区西宮原一丁目四番六号(現大阪市東区鈴屋町二八番地)とする被告東亜貿易株式会社とが、商号が同一であるため、前者(本店東京都)を「被告東京東亜」と、後者(本店大阪市)を「被告大阪東亜」という。
また、被告日本国際金市場株式会社を「被告市場」と、被告日本信販株式会社を「被告日本信販」という。
その余の自然人たる被告は、被告越智健市、同越智禧旦を除き、姓のみであらわす。
第二 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一項同旨
2 被告東京東亜、被告越智健市、被告越智禧旦、被告大坂、被告石井、被告道道、被告大阪東亜、被告我孫子、被告市場、被告三宅は、原告に対し各自、金五六一二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(各被告共通)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第三 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の金売買取引等
(一) 原告は、昭和五三年七月七日から昭和五五年一月一八日までの間、別紙第一取引一覧表に記載のとおり、被告市場が企画開設する日本国際金市場(金の延勘定取引の市場、以下「本件市場」という。)の会員である被告東京東亜大阪支店に委託して(但し予備的には、昭和五三年七月七日から昭和五四年四月八日までは同店に委託し、同月九日から昭和五五年一月八日までは本件市場の会員である被告大阪東亜に委託して。なお、被告東京東亜と被告大阪東亜の関係については、後記のとおり)、本件市場において、被告ら(被告日本信販を除く。以下、本事実らん第三において同じ)が「延勘定取引」と称する取引方法により、金の売買取引をおこなつた(以下「本件取引」ないし「本件延勘定取引」ということがある。但し、後記のとおり、昭和五五年一月九日以降の取引は、被告東京東亜の代表者であると同時に被告大阪東亜の代表者である被告越智健市及び被告大阪東亜の代表者である被告我孫子が原告の委託に基づかずに無断でおこなつたものである。)。
(二) 原告は、昭和五三年七月一〇日、被告東京東亜に対し、本件取引の売買保証金として、原告所有の別紙債券目録記載の債券(以下、「本件債券」という。)を預託した。右本件債券は、現在、被告日本信販が占有しているが、被告日本信販はこれを占有する権原がない。
(三) 原告は、昭和五四年一月二六日、本件取引により原告が取得した金地金一一キログラムを、被告東京東亜の信用維持のため被告市場に対し一時預託するという目的のもとに、返済期限同年七月二五日、賃料金一キログラムにつき月額九〇〇〇円の約で、被告東京東亜に対し賃貸した。
右一一キログラムの金地金は、被告東京東亜からさらに被告市場に預託されたが、その後被告市場、被告東京東亜、被告大阪東亜のいずれかによつて処分され、原告はもはやその返還をうけることができない。
(四) 原告は、昭和五五年一月八日、一月を限月とする金地金五キログラムの買建玉の現受代金に充てるべく、原告所有の金地金二キログラムを被告大阪東亜に対し預託した。
右二キログラムの金地金も、その後、被告東京東亜、被告大阪東亜、被告市場のいずれかによつて処分され、原告はもはやその返還をうけることができない。
(五) 原告が、右(三)、(四)のとおり、金地金を賃貸し、預託したのは、次のような事情による。
すなわち、まず、原告は、前記一覧表(別紙第一)1ないし5の計二七キログラムの買取引につき3の三キログラムを除く二四キログラムの金地金を現受したが、そのうち1及び4の昭和五四年一月渡しの現受した一一キログラムについては、被告東京東亜(具体的には、その営業課長の被告道道)から執拗に右(三)の被告東京東亜の被告市場における信用維持に利用する目的のために貸与預託してほしい旨勧誘され、昭和五四年一月二六日、これを被告東京東亜に賃貸したものであるが、実際には、被告東京東亜らにおいて、現物の裏付のない本件取引を維持する意図のもとに、原告に右のようにいつて、右金地金を貸与預託させたものである。
次いで、原告は、右一覧表9ないし31のとおり、昭和五四年七月二三日から同年一二月六日までの間に計二三回にわたり合計一六〇キログラムの買注文をした(被告我孫子が同年八月末ごろから勧誘に来て取引量が増大した。)が、右期間中に金地金の国際相場は、石油価額の値上りを背景とする世界的インフレを懸念して高騰を続け、とくに当時は中東情勢が危機的であつたことにより急高騰していたため、原告としては、右買注文により金地金を延取引の方法で現受しても、先物取引により差金決済しても、多大の利益が見込めた。ところが、原告は、昭和五五年一月七日、被告我孫子から電話があり、原告の取引につき被告市場から増担保保証の決定通知がされ、これに応じて原告において一月限につき金代金、三、五月限につき一キログラム当たり八〇万円、七、九月限につき同三〇万円の計約二億円を明日中に納入しないと原告の買注文全部につき売落ちする旨を知らされた。原告としては、右申出どおり急に金策できるわけでもないため、とりあえずの措置として翌八日、右(四)のように金地金二キログラムを預託して、一月限五キログラムの現受代金(九四九万円相当)の支払に備えた。
(六) 次いで、昭和五五年一月九日以降の取引は、(右(一)のかつこ内掲記のとおり)被告我孫子、被告越智健市が原告に無断でしたものであるが、その具体的事情は、次のとおりである。
右一月九日午後一時前ごろ、原告は、被告我孫子から、「本日は増担保不能による売物殺到のため原告につき売落ちができないかもしれないが、そうなると価格がさらに暴落して大損害が出る危険があるから、ヘッジとして先の方で売建てしておこう。」という趣旨の電話があつた。しかし、原告は、これまでの処理方法に納得がいかないため、新たな売建の意思はない旨を同被告に伝えた。ところが、同日午後四時ごろ、同被告から原告に対し、右(五)掲記の買注文一六〇キログラムのうち一一二キログラムを売落ちした(右(五)掲記の一月限五キログラムも留保することなく、右一一二キログラムを売落ちしたこと、及びさらに一六一キログラムの新規売注文をしたことを連絡してきた。これに対して原告が、同被告の連絡してきた取引は原告の意思に基づくものではなく、責任もとれない旨抗議したところ、同被告は、右新規売注文は他に廻す旨弁明したが、翌一月一〇日午後四時ごろには、一六一キログラムの売注文中五キログラムしか減らせなかつた旨伝えてきたので、原告は、翌一月一一日付で異議申立書を送付した。翌一月一二日、「東亜貿易株式会社」の名で(すなわち、被告東京東亜ないし被告大阪東亜から)、原告に対し、別紙第一取引一覧表9ないし12、14ないし16、19、22、24ないし30の全部と31のうちの三キログラムの売手仕舞報告書と32ないし35の新規売建報告書を送付してきており、さらに後日、同表13、17、18、20、21、23の全部と31のうちの一七キログラムの売手仕舞報告書を送付してきているが、右のとおり、昭和五五年一月九日以降の取引はすべて原告に無断でされたものである。
そして、原告は、昭和五五年一月九日以前には高額の利益が見込めたのに、右無断売建玉による取引によつて八八八〇万円の損失をうけ、かつ預託した本件債券及び金地金の返還を未だにうけられないという被害をこうむつたものである。
(七) ところで、原告は、被告東京東亜と本件取引を始め、継続してきたところ、昭和五四年四月九日に被告大阪東亜が設立されている。しかし、被告東京東亜と被告大阪東亜は実質的にまつたく同一の会社であり、両者とも、法人格否認の法理ないし信義則により、法人格が別個であることを主張することができないものである。
すなわち、まず、被告大阪東亜は、被告東京東亜が従前の旧債務を免れる目的のために、形式上別法人として設立したものにすぎない。
被告東京東亜と被告大阪東亜は、ともに東亜貿易株式会社という同一商号を使用しており、かつ代表取締役も被告越智健市が兼任している。両者の営業目的、営業内容は、ともに同一の本件市場に所属したうえで金地金の延勘定取引をなす、というものであり、かつ顧客関係、資産関係も同一であり、また被告大阪東亜の人的構成についてみても、被告東京東亜の従業員として昭和五四年一月に入社した被告我孫子が、被告大阪東亜の代表取締役(被告越智健市との相代表取締役)となり、かつ被告東京東亜の従業員がそのまま被告大阪東亜の従業員として引き継がれている。さらに、被告我孫子が被告東京東亜に入社した当時、被告東京東亜の大阪における営業所は、大阪市北区天神橋と同区西天満の二か所にあつたが、西天満の営業所において被告大阪東亜の営業がされている(登記簿上本店所在地とされた大阪市淀川区西宮原一丁目四番六号においては、被告大阪東亜の営業はまつたくされていない。)。
そして、被告東京東亜及び被告大阪東亜ともに、両者が別人格であることを明確に意識していない。たとえば、原告に送付された売付買付報告書及び計算書をみても、昭和五四年八月六日仕切分までは住所が「大阪市北区天神橋二丁目一番一号(久徳ビル三F)」とされ、その後「大阪市北区天満五丁目八番八号(高橋ビル別館九F」)とされた程度の違いはあるものの、同一用紙のものが使用され、また、業界紙における広告をみても、「東亜貿易株式会社」の表示のもとに東京、大阪、広島、徳島の四か所の営業所を並列した記載になつているのみであつて、被告東京東亜と被告大阪東亜をまつたく区別していない。
結局、被告大阪東亜は、被告東京東亜に対する原告を含む顧客の責任追及を困難ならしめ、時間と費用を浪費させる手段として、被告東京東亜の営業財産をそのまま流用し、商号、営業目的、役員、従業員もすべて被告東京東亜と同一のままで、設立されたものであるから、被告大阪東亜の設立は被告東京東亜の債務免脱を目的とした会社制度の濫用であつて、被告東京東亜も被告大阪東亜も両者が別人格であることを主張しえず、原告は、そのいずれに対しても、後記のような債務につきその責任を追及することができるものというべきである。
2 被告らの不法行為
(一) 重要事項の不告知
一般に、金の価格は、国際政治・経済・社会・通貨の状況等種々の複雑な要因により形成されるものであるが、原告をも含め、わが国の一般人は、この点に関する情報収集能力が十分ではなく、また金に関する基礎的知識すら有していないのが通常である。しかも、昭和五三年当時、日本には公認の金取引市場がなく、金の売買方法さえ確立されていなかつたものであるところ、被告らが「延勘定取引」と称して原告におこなわせた本件取引は、先期日受渡の現物取引である「延取引」の一種ではなく、その実態は転売買戻による差金決済を認める先物取引であつた。
したがつて、被告らは、原告に対して金取引を勧誘し、原告より金売買の委託を受け、また原告との間で金売買取引をおこなうにあたつては、当然次の(1)以下の重要事項を原告に対して告知すべき義務を有していたところ、被告らは何等右義務を尽くすことなく、これを原告に対し告知しなかつたものである。
(1) わが国においては、公認の金取引市場がなく、本件取引を含む延勘定取引は、私設市場である本件市場における先物取引であつて、右先物取引は投機性を有していること。
(2) 右先物取引たる延勘定取引の取引方法及び取引価格の決定方法。
(3) 延勘定取引の売買単位は金一キログラムであり、被告東京東亜及び被告大阪東亜は委託者に高額の保証金を預託させるものであるから、その返済能力を担保するものとしての両被告の純資産等の財産状態。
(4) 本件市場における金取引において、相場の変動により建玉に評価損を生じた場合は、原告が追加保証金(いわゆる追証)を納入する義務を負うこと。
(二) 積極的詐欺行為
被告らは、原告に対し金取引を勧誘するに際し、(1)昭和五三年当時、日本には公認の金取引市場が存しなかつたにもかかわらず、私設市場である本件市場に「日本国際金市場」なる名称を付して公認市場であるかの如く装い、(2)本件取引を含む延勘定取引の実態は、前記のとおり先物取引であるのに、「延勘定取引」などという名称を用いて現物取引をするかの如く装い、さらに(3)本件取引は相場取引であるにもかかわらず、必ず儲かるなどと述べて、原告を欺き、その旨誤信した原告に本件取引をおこなわせたものである。
(三) 公序良俗違反
本件取引に関しては次のような事情があるから、被告らが被告市場の企画開設した本件市場において、原告に対し金の売買取引をおこなわしめたこと自体、公序良俗に違反するものであり、当然に不法行為を構成するというべきである。
(1) 本件市場は、何等の法的規制も官公庁による監督もうけず、かつ本件市場の金員と委託者との間に生ずる取引紛議につき自立的紛争解決機能も有しないものであり、金相場につきその需要と供給によつて自由かつ公正にその価格形成がなされる保障が全くない。
(2) のみならず、別紙第二金価格対照表により本件市場の金価格を社団法人日本金地金流通協会において形成された信頼すべき国内金相場と対比すると、同相場が上昇傾向をたどつている時期に、逆に本件市場の金価格は下降を続け昭和五四年末から昭和五五年初めにかけて本件市場の価格が現物価格の二分の一程度になつているいるママことが明らかであり、また別紙第三金価格推移表によれば、三月限、五月限、七月限、九月限の本件市場の金先物価格は、一一月限、翌年一月限、三月限、五月限、七月限の金先物価格の二分の一以下であることが明らかである。
本件市場が社会における金の需要と供給を公正に反映しうる信頼しうる取引市場であれば、本件市場の金価格が現物価格の二分の一以下という安さで取引を維持できるはずがない。また、九月限までの価格が一一月限以降の価格の半額以下というのであれば、顧客は、九月限までの金地金を買つて一一月限以降のものを売るという形で取引すれば、かならず利益を得られることになる。しかし、全顧客がそのようなことをすれば、需給のバランスにしたがつて右価格差はかならず平準化して無くなつてしまうはずであり、右価格推移表のような価格で取引を継続することは不可能である。こうしたことは、本件市場において、被告市場らによつて恣意的価格操作がされたことを明白に示すものである。
(3) 前記のとおり、被告らは、誰も、本件取引にあたり前記重要事項を原告に告知しておらず、また、取引の実態は先物取引そのものであるにもかかわらず、「延勘定取引」などの名称を用いて現物取引であるかの如く装つている。
(4) 被告らは、金地金の取引額の大きさに比べるとその財産的基礎が脆弱で取引から生ずる責任を全うしうる保障がなく、またその人的構成に照らしても、業務を公正かつ的確に遂行することができるだけの知識及び経験を有せず、また社会的信用もない。
(四) 商品取引所法八条違反
本件延勘定取引は、その実態が先物取引であることは前記のとおりであるところ、これは「何人も先物取引をする商品市場に類似する施設を開設してはならない。何人も前項の施設において売買してはならない。」と規定する商品取引所法(以下、「商取法」または単に「法」という。)八条に違反する違法な取引である。
(五) 無断取引
別紙第一取引一覧表記載の本件取引のうち、昭和五五年一月九日以降のものは、前記のとおり被告我孫子、被告越智健市が原告の委託に基づかずに無断でおこなつた違法な取引であるが、その取引態様は常軌を逸した露骨かつ悪質きわまりないものであつて、これだけみても、本件取引の全体及び被告市場を含めての被告らによる価格操作による本件市場運営の全体としての違法性が、明らかになるものというべきである。
3 被告らの責任
以上のとおり、被告らは、いずれも違法な本件取引をおこなえば原告に対して後記損害を発生させることを承知しながら、
(一) 被告市場は、前記違法な先物取引を目的とする私設市場を開設して、その組織運営をおこない、
(二) 被告三宅は、被告市場の代表取締役として、右違法な市場開設等の業務を企画、実施、推進したばかりか、本件市場の実質的な主宰者として、金市場の価格操作等の不法行為に直接着手し、
(三) 被告東京東亜及び被告大阪東亜は、右被告市場を媒体として違法な本件取引を企画、実施、推進し(なお、被告大阪東亜は、原告ら顧客が被告東京東亜に対し違法な取引につき責任を追及することを困難ならしめるために昭和五四年四月九日設立された会社であつて、両者ともに別人格であることを主張しえないことは、すでにみたとおりである。)、
(四) 被告越智健市は、被告東京東亜及び被告大阪東亜の、被告越智禧旦は、被告東京東亜の各代表取締役であり、被告大坂、被告石井、被告道道は、それぞれ被告東京東亜の取締役であるところ、右各被告は、共謀のうえ、金取引名下に一般大衆から資金を吸収し、詐欺的取引方法や恣意的な金価格の形成により顧客に損害を与え、自ら利を得ることを目的として、昭和五一年六月一〇日被告東京東亜を設立し、さらに、それぞれ代表取締役又は取締役として、前記原告との違法な本件取引を業務として企画、実施、推進し(仮に、右違法な業務執行行為が一部の取締役によりおこなわれたものであるとしても、他の取締役は、監視義務を懈怠して右違法な業務執行がなされるのを放置した者であるから、同じく監視義務違背に基づき不法行為責任を免れない。)、
(五) 被告我孫子は、被告大阪東亜の代表取締役として、前記被告大阪東亜の違法な業務を企画、実施、推進したばかりか、本件市場における恣意的な価格形成にも加担し、
その結果、原告に後記損害を発生させたものであり、いずれも故意による不法行為責任を免れない。
4 原告の損害
(一) 原告は、右被告らの不法行為により、本件取引に関し、前記のとおり本件債券及び金地金一三キログラムを被告東京東亜及び被告大阪東亜に対し出損することを余儀なくされ、かつ、そのうち本件債券は被告日本信販が占有しているので、同被告から返還をうけるとして、金地金については、それが他に処分されてしまつてその占有主体が明らかでなく、もはや返還をうけることができないので、その時価相当額の損害を被つたものである。
金地金一三キログラムの本訴提起前日(昭和五五年五月一日)時点における時価は、信用のある田中貴金属株式会社店頭価格によれば、金一グラムは三九二五円であるから、その一三キログラム分合計五一〇二万五〇〇〇円が原告のうけた損害である。
(二) 原告は、右損害を回復するためには弁護士に委任せざるをえなかつたところ、その費用としては右損害の一割にあたる五一〇万円が相当であり、これは被告らの不法行為と相当因果関係のある損害である。
(三) 以上、(一)、(二)の損害額の合計五六一二万五〇〇〇円が、被告らの前記不法行為によつてうけた損害である。
5 よって、原告は、
(一) 所有権に基づき、被告日本信販に対し、本件債券の引渡を、
(二) 不法行為による損害賠償請求権に基づき、(被告日本信販を除く)被告らに対し、各自、損害金五六一二万五〇〇〇円とこれに対する不法行為後の昭和五五年六月三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告東京東亜、被告越智健市、被告越智禧旦、被告大坂、被告石井、被告道々ママの認否及び主張
1 請求原因1(一)の事実について
被告東京東亜が、昭和五三年七月七日から昭和五四年四月八日までの間、原告の委託を受けて、別紙第一取引一覧表記載の1ないし8の金売買取引を本件市場においておこなつたこと、被告越智健市が被告東京東亜と被告大阪東亜の代表者であり、被告我孫子が被告大阪東亜の代表者であることは認めるが、被告東京東亜が同表9以降の取引をしたことは否認し、その余の事実は不知。
昭和五四年四月九日に被告大阪東亜が設立された後は、原告との取引関係も被告東京東亜から被告大阪東亜に承継され、その後にされた原告の取引については、被告東京東亜、被告越智禧旦、被告大坂、被告石井、被告道道は一切関知しないものである。また被告越智健市も、原告主張の個々の取引には携つたことがない。
2 同1(二)、(三)の事実について
(被告東京東亜、被告越智健市、被告大坂)
被告東亜貿易が、原告から本件債券を受領したこと、及び、金地金一一キログラムを運用預りの趣旨でその預託を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。
なお、右本件債券及び金地金一一キログラムは、前記被告大阪東亜の設立とともに、被告東京東亜から被告大阪東亜に引渡され、その後被告大阪東亜は右金地金等をもとに原告との間で延勘定取引の受託を継続した。
(被告越智禧旦、被告石井、被告道道)
すべて不知。
3 同1(四)の事実は、不知。
4 同1(五)、(六)、(七)の主張は、前記原告の金地金二四キログラムの現受及び一一キログラムの預託の事実(ただし、被告越智禧旦、同石井、同道道は除く。)、被告大阪東亜が原告主張の時期に設立された事実を認め、その余は争う。
5 同2、3(三)、(四)、4の各事実は被告越智健市が被告東京東亜及び被告大阪東亜の、被告越智禧旦が被告東京東亜の代表取締役であり、被告大坂、被告石井、被告道道が被告東京東亜の取締役であることは認め、その余の事実は、すべて否認する。
6 被告市場の開設した本件市場においておこなわれている延勘定取引とは、金地金一キログラムを取引単位とし、売買された現物の受渡を売買成立の日より各奇数月一年以内の月末までに決済すればよい取引であるが、現物の受渡を原則とするものであり、ただ初めに予約した勘定月までに相場の上下により売り買い又は売りつなぎなどをおこなうことができ、これによつて金の流通を円滑ならしめるという取引方法である。
原告は延勘定取引の実態は先物取引であると主張するが、延勘定取引は、あくまで金地金の現物を契約で定めた期限に受渡すことを原則としつつ、期限前に契約当初予期しなかつた値動きが生じた場合に再契約により損失の増大を防ぐことができるという仕組になつているにすぎず、これによつて取引の義務を免れることはできないばかりか、先物取引の場合のように中途で差金決済をして売買関係から離脱することも許さないものであつて、先物取引とは根本的に異なる取引であるというべきである。別紙第一取引一覧表1、2、4、5の各買建玉全部及び3の買建玉のうち二キログラムの合計二四キログラムの金地金を原告が現受したことは、同表において原告の自認するところであるが、右現受の事実は、原告が買取引における現品引取の義務を免れていなかつたことを示すものであり、本件延勘定取引が差金決済を目的としたものでないことのなによりの証左である。
また、原告は本件延勘定取引のような取引は法八条に違反すると主張するが、前記のとおり延勘定取引が先物取引と根本的に異なる以上、そもそも同条の適用を問題にすべき余地はなく、政府(法制局、法務省、通産省)も同様の見解である。
7 ところで、被告東京東亜は、前記のとおり、昭和五四年四月九日に被告大阪東亜が設立されて後は、原告との取引にはまつたく関与していない。
被告大阪東亜は、被告東京東亜に対する原告ら顧客の追及を免れるため、あるいは被告東京東亜の債務免脱を目的として設立された会社ではなく、両者はまつたく別個の会社である。すなわち、昭和五四年一月当時、被告東京東亜の大阪における従来からの南森町の営業所(原告のいう天神橋所在の営業所)においては、その従業員が、そのころ被告東京東亜に入社した被告我孫子が西天満の営業所を開設して同所で営業をおこなうことに反発し、全員退職したため、右一月ごろ以降まつたく営業活動がされなくなり、そこで被告我孫子を中心に新たに被告大阪東亜を設立し、被告大阪東亜が被告東京東亜から大阪における営業を譲り受け、顧客との取引関係一切を承継し、すべての債権債務を引き継いで、独自に営業をすることになり、同年四月に被告大阪東亜が設立されたものである。右設立時に、被告東京東亜は、原告に対し、取引関係及び債権債務の承継を通知した。たまたま、被告越智健市が被告大阪東亜の代表取締役の一人となつているが、これは、被告大阪東亜が被告市場の加わつている日本国際金取引協会の特別会員になることができるようにするためと、被告東京東亜から被告大阪東亜に対する営業譲渡に伴う事務引継の必要から、そうしたものにすぎず、被告越智健市が被告大阪東亜の営業に関与したことはまつたくない。被告越智健市を除いては、被告東京東亜と被告大阪東亜は、すべて役員を異にしており、また両者の間で原告のいうように営業資産や従業員を流用したこともなく、両者の経営実態も全然異なるものである。事実、被告大阪東亜では、その設立後、被告我孫子と同被告が被告大阪東亜の代表取締役とする予定で連れてきた山井某が被告大阪東亜の業務全般を統括しておこない、昭和五四年七月七日以降の原告との取引も、被告大阪東亜の小野営業部長がしており、被告越智健市はこれらにまつたく関与していない。ただ、同被告は、たまたま昭和五五年一月八日に被告大阪東亜に出向いたさい、被告我孫子に頼まれて原告に挨拶したことがあるが、まさに挨拶をしたにとどまり、当時原告と被告大阪東亜との間にどのような取引がされているかもまつたく知らなかつたものである。
もともと、被告大阪東亜の設立手続、被告東亜からの営業譲受、それに伴う具体的な事務引継行為等はすべて、弁護士の指導のもとに適正にされており、かつ、当時被告東京東亜が債務免脱のために新会社を設立する必要などまつたくない状態であり、そして実際に被告東京東亜と被告大阪東亜が別個の法人として存在し活動した以上、これに原告主張の法人格否認の法理、信義則を適用することはできない。
8 被告東京東亜は、原告から預託をうけた本件債券を、被告東京東亜が被告日本信販から融資をうけるにつき被告日本信販に対して担保に提供した(なお、被告日本信販は法人に貸付をしないので、右借受及び担保提供は、被告東京東亜の代表取締役である被告越智健市の名でした)が、これは、原告の右預託の趣旨に照らして当然許される。また、被告東京東亜の原告からの前記金地金一一キログラムの運用預りも、原告の意思に基づいてされ、被告東京東亜は預託の趣旨に従つて預つた。右各預託に基づく原告に対する債務は、被告大阪東亜設立時の昭和五四年四月一四日に、被告東京東亜から被告大阪東亜に引継いだ。
ところで、原告のいう金地金価格と本件市場における金地金価格との差は、原告の主張(別紙第二金価格対照表)によつても、右引継よりはるか後、すなわち被告東京東亜が原告と関係がなくなつて後の昭和五四年暮から、生じているにすぎず、それ以前に不自然な差はないことが明らかである。それ以後の取引によつて原告が何らかの損害をうけたとしても、右事情に前記7でみた事情を合わせ考えれば、被告東京東亜やその代表取締役である被告越智健市にはまつたく関わりのないことが明らかであり、原告のいうように、被告東京東亜、被告越智健市が、共謀して原告を欺瞞的取引に誘い込み、恣意的価格操作等の不法行為によつて右の結果をもたらした、などといえるものではないことが明白である。
その他、被告東京東亜の取締役である被告石井、同道道、同大坂、同越智禧旦についても、同様であるが、とくに同被告らは、もともと原告との取引にも関係がない。被告石井、同道道は、昭和五四年三月三一日に取締役に就任しており、それ以前の本件債券の受領及び前記担保提供、並びに金地金一一キログラムの運用預りにすら関与していない。被告大坂は、営業担当者が原告から本件債券を受領してきたことを知つているのみであり、その処分ないし原告との取引には関与せず、かつ昭和五四年四月ごろからは営業活動をせず、同年一二月には被告大阪東亜を退職してしまつている。被告越智禧旦も、原告と被告東京東亜の取引に一切関与したことがない。これら被告らが原告に対して原告主張の不法行為をしたなどというのは、まつたくのいいがかりである。
9 かりに、原告が被告東京東亜との取引が公序良俗に反して無効であり、その取引から損害をうけたというのなら、原告の金地金二四キログラムの現受も無効というべきであり、右金地金を取引上得た利益とともに返還してから、損害賠償を求めるべきである。
原告自らが公序良俗違反の取引行為をしておきながら、その行為の無効を理由として、損害回復の請求(預託した金地金計一三キログラムの返還請求に代わる同金地金喪失による損害賠償請求)だけをすることは、不法原因給付の法理に照らして許されない。
四 被告大阪東亜、被告我孫子の認否及び主張
1 請求原因1の事実は、被告大阪東亜が原告主張の時期に設立されたこと、被告越智健市が被告東京東亜及び被告大阪東亜の代表取締役であり、被告我孫子が被告大阪東亜の代表取締役であること、原告が金地金二四キログラムを現受し、本件債券、金地金一一キログラムを預託したこと、一六〇キログラムの買注文をしたこと、二キログラムを被告大阪東亜に引渡したことは認め、その余は争う。なお、原告と被告大阪東亜ととの間で金地金の取引がされたが、原告が予備的に主張する時期に始められたものではない。
被告大阪東亜は、昭和五四年四月九日設立された会社であるが、同月一〇日、被告東京東亜から、同社の営業部門の一部である大阪営業所の同日現在の顧客との取引関係、債権債務一切及びその営業権を譲受けたものである。それ以降、原告との取引も、被告大阪東亜との間でされた。
ところで、原告は、その主張のとおり、金地金一六〇キログラムの買注文をしていたところ、被告我孫子は、原告に対し、(イ)一月限二三キログラムの全代金四三四四万円、(ロ)三月限、五月限各キログラム当たり八〇万円の計五三キログラム分四二四〇万円、(ハ)七月限、九月限各キログラム当たり三〇万円の計八四キログラム分二五二〇万円の合計一億一一〇四万円の増担保保証金の請求をしたことがある(原告主張のように、二億円もの請求はしていない。)。右請求時の昭和五五年一月八日の時点で、原告が被告大阪東亜に預託していた保証金の額は、本件債券一〇〇〇万円、前記金地金一一キログラムの売却金三〇八〇万円、前記金地金二キログラムの売却金九四九万円の計五〇二九万円であつて(右のとおり、原告から預託ないし引渡をうけた金地金は、被告大阪東亜において右保証金に適正に充当したものである。)、なお六〇七五万円が不足していた。被告我孫子が、翌一月九日に原告に電話をかけて原告に保証金の右不足額につき尋ねると、原告は、一月限の現物を受けたいが資金不足なので、これを処分し、かつその余の買も一部を減らしたい、その方法として値段の高い同年一一月限から昭和五六年三月限の売注文を出す旨申し出たので、被告我孫子は、原告の申出に基づいて右一六〇キログラムを一一二キログラム減じて四八キログラムとし、昭和五五年一一月限から昭和五六年三月限まで計一六一キログラムの新規売注文の取引をした。この売買が原告の意思に基づくことはいうまでもなく、そして、これによつて保証金の額は前記五〇二九万円で十分なものとなつたのである。ところが、原告は、翌日の昭和五五年一月一〇日に、売注文が多いので半分に減らしたいが、その手数料は被告大阪東亜が負担せよ、といい出した。被告大阪東亜は、この申出を断るとともに、原告に対して中途解約をすすめた(原告が中途解約に応じていれば、保証金約四五〇〇万円の返還をうけることができた)が、原告がこれに応じなかつたため、その後の取引において損失をうけるにいたつたものである。
2 同2の事実はすべて否認する。
本件取引を含む延勘定取引は、先物取引と異なるものであり、かつ商取法八条によつて禁止されたものでもない適法なものである。
すなわち、まず、本件市場における延勘定取引は、先物取引とはまつたく異なつたものである。
右の延勘定取引は、現物の受渡に一定の期日を定め、期日別に取引をおこない、受渡期日には売方は現物を、買方は代金を、それぞれ相手方に渡して決済し、受渡期日までに転売または買戻による差金決済をすることができず、受渡期日すなわち受渡月末の最終営業日に同時集中決済(月末集中決済)をおこなう現物取引(実物取引)の一種である。現物取引は、現金取引(現金と商品とを直接授受して決済する取引)と延取引(将来の一定期日に商品と代金を授受し、その期日まで決済を繰延する取引)に分類され、右の延勘定取引が延取引に含まれることはいうまでもないが、この延取引も現物取引であつて、先物取引とは明確に区別される。
すなわち、先物取引は、差金決済取引であつて、取引の目的たる商品の授受もできるし、受渡期日以前にいつでも随時一方の意思により前取引と反対の取引である転売または買戻をして差金のみを授受し、取引関係から離脱しうるものをいう。これに対して延勘定取引においては、受渡期日前の転売または買戻により差金のみを授受決済して取引から離脱することは許されず、受渡期日に売方は金地金を、買方は代金をかならず授受して取引を決済しなければならない。もつとも、約定の受渡期日前に取引の目的たる商品につき契約当初には予期しなかつた値動きが生じた場合、再契約によつて損失の増大を防ぐことができる仕組になつているが、この場合においても、委託者が前取引の義務を免れることはできず(すなわち、差金決済により取引関係から離脱することはできず)、受渡期日にかならず前述の同時集中決済をしなければならないものである。
原告がした本件取引は、右のとおり現物取引に含まれる延勘定取引であつて先物取引ではないが、かりに差金決済取引類似のものであるとしても、原告のいうように商取法八条の禁止に触れるものではない。
すなわち、まず、法八条は、何人も先物取引をする商品市場に類似する施設を開設してはならないこと、及び何人も右施設において売買してはならないことを定めているが、右の商品市場とは、法二条三項が、この法律に従つてされる商品の売買取引のために商品取引所が一種の商品ごとに開設する市場をいうと定義し、そして、右の商品は、法二条二項が、政令で定める物品をいうと定義している。以上をあわせて、法八条の禁止する商品市場類似施設とは、商取法の規定に従つてされる政令指定商品の売買取引のために開設する市場に類似する施設、ということになるが、本件取引当時、金地金は、政令(商取法施行令)の指定する商品には含まれていないのであるから、右類似施設を開設して指定商品外の金地金の売買取引をしても、文理解釈上、法八条の禁止に触れるものではないことになる。
さらに、法八条の立法趣旨は、できる限り大量の取引を集中、包含させて、そこで公正な商品価格の形成をおこなわせるという、商品取引所の最重要機能ないし存在理由に鑑み、商品取引所以外に市場類似施設が開設され、そこで売買取引がされることは、取引が分散されて公正な価格形成が害され、ひいて商品の生産流通の円滑も害する結果となることから、かかる市場類似施設開設及びそこにおける取引を禁止する、という点にある。ところが、本件取引当時、金地金の取引はいずれの商品取引所にも上場されていなかつたから、金地金の取引市場が開設されても、商品取引所の独占権を害することもなければ、取引所における公正な価格形成を害することもない。したがつて、右立法趣旨に照らしても、本件市場において金地金取引をすることは、なんら法八条によつて禁止されるものではない。
以上の見解は、昭和五五年四月当時、内閣法制局、法務省、通産省も採用しているものである。
被告市場の開設する本件市場及びその上部機構である日本国際金取引協会は、昭和五一年五月に設立され、会則、規則、準則等を有して実体を備えており、原告主張のように架空のものではない。本件市場で延勘定取引をなす有資格者たる特別会員は約二〇名で、被告大阪東亜はその一員である。延勘定取引における金地金価格は、本件市場において日曜日、祝祭日を除く取引日の午後一時からおこなわれる場立での特別会員相互間の「せり」によつて公正に決定されていたものであつて、特別会員あるいは被告市場が勝手に値付けしうるものではない。延勘定取引における金地金価格と現物価格との間にある程度の差を生じるのは、延勘定取引価格が顧客の需要と供給とによつて決まる以上、やむをえないことであり、当然のことでもある。そのことから、本件市場における価格形成が不公正、恣意的であるなどと非難するのは、不当である。
また、本件市場では、現物取引もされていて、被告市場がある程度の金地金をプールしていたほか、いつでも石福金属株式会社ほか数社から現物を確保しうる態勢をととのえており、被告市場ないし被告大阪東亜が観客との間で、受渡期日(限月)に取引を決済するのに不安はなかつたものである。
3 同3(三)、(五)の事実については、被告我孫子が被告大阪東亜の代表取締役であることは認めるが、その余の事実は否認する。
4 同4の事実は、否認する。
5 原告が本件取引を公序良俗に反して無効というのなら、本件取引の一部をなす原告の金地金二四キログラムの現受も当然無効であり、原告は右金地金を返還すべきものである。原告は、被告東京東亜ないし被告大阪東亜以外でも金取引をしていて、その知識も豊富である。そのような原告が、自ら公序良俗違反の取引をしておきながら、その取引に関して給付した金地金等の喪失による損害を主張して、自ら現受した金地金を返還することなく、損害回復だけを請求するのは、不法原因給付の法理に照らして許されないものである。
6 前記のとおり、被告大阪東亜ないし被告我孫子は、昭和五五年一月一〇日以降、原告に対して本件取引全部を中途解約するようすすめたが、原告はこれに応じなかつたのである。原告が解約に応じておきさえすれば、保証金残金約四五〇〇万円の返還をうけることができ、損害をうけることはなかつたはずであるから、その後の損害の拡大は、すべて原告の責に帰すべきものである。したがつて、かりに原告の損害賠償請求が認められるとしても、損害額につき過失相殺がされるべきである。
三 被告市場、被告三宅の認否及び主張
1 請求原因1の各事実は、不知。
なお、被告市場は、昭和五四年一月二六日被告東京東亜より金地金一一キログラムにつき取引を目的として預託を受けたが、その四日後の同月三〇日右金地金を被告東京東亜に返還しており、被告市場がこれを処分したことはない。
2 同2(一)(二)の事実は、否認する。
延勘定取引は、金地金の現物を契約で定めた期限に受渡すことを原則とし、ただ期限前に契約当初予期しえなかつた値動きが生じた場合には再契約により損失の増大を防ぐことができるという仕組になつているにすぎないものであるから、先物取引とはまつたく異なるものである。
原告は本件債券を「保証金」に充てる趣旨で被告東京東亜に預託したと主張するが、これは保証金ではなく予約金にすぎず、「金地金」を右の趣旨で預託した場合も同様である。予約金については、当事者間の話合いにより予約金の額を訂正のうえ顧客に予約金を追加してもらうことはあつても、顧客が予約金納入の義務を負わされることはない。
また、被告市場は、なるほど私設市場ではあるが、昭和五一年五月の創立以来、四年余の取引経験を経て、金地金の延勘定取引方法を確立しており、また顧客に対しても、常に、本件市場が公認市場ではないこと、その仕組について充分理解したうえ取引を行うべきことを説明し、少しでも納得できない点があれば取引を断念するよう勧告しているのであつて、原告主張のように詐欺的勧誘をおこなつた事実はまつたくない。
3 同2(三)の事実は、否認する。
本件市場においては、毎日各会員代表が一同に会して需給バランスによる価格決定をおこなつており、また本件市場は会員とは全く利害関係のない第三者によつて構成されているのであつて、「立証人」という市場担当者がその立証をおこなつている。しかも本件市場で形成された価格は、毎日、日刊株式業界紙などにも公表されており、被告市場が本件市場の価格操作をおこなつたというような事実はまつたくない。
また、被告市場は、会員入会の際には、その資本金、純資産、役員の資質などを厳正に審査して加入を認可することにしているから、会員の資産が脆弱であるとか社会的信用がないとかいうような非難は失当である。
4 同2(四)の主張は争う。
法八条が規制の対象としているのは、法二条二項・商品取引所法施行令(昭和二五年政令第二八〇号)による「指定商品」のみであると解すべきであり、指定商品以外の売買取引のための施設を開設することは、法八条に違反するものではない。この点は、被告大阪東亜、被告我孫子の主張するとおりである。
ところで、「金」は、従来指定商品ではなかつたところ、昭和五六年九月一六日公布の商品取引所法施行令の一部を改正する政令(政令二八二号)により、新たに指定商品に付け加えられることになつた。したがつて、右政令二八二号公布後は、私設の金取引所を設けることは法八条により禁止されているというべきであるが、それ以前におこなわれた金取引については、政令二八二号附則二項が法八条を適用しない旨明言している。
よつて、仮に延勘定取引が先物取引にあたるとしても、本件取引はすべて昭和五六年九月二四日以前におこなわれたものであるから、法八条に違反しないことは明らかである。
5 同2(五)の事実は、不知。
6 同8の事実のうち、被告越智健市が被告東京東亜及び被告大阪東亜の、被告越智禧旦が被告東京東亜の、被告我孫子が被告大阪東亜の、被告三宅が被告市場の各代表取締役であること、及び被告大坂、被告石井、被告道道が被告東京東亜の取締役であることは認め、その余の事実は否認する。
7 同4の事実は、不知。
五 被告日本信販の認否
被告日本信販が本件債券を占有していることは認め、その余の請求原因事実はすべて不知。
第四 証拠<省略>
理由
第一原告の被告日本信販に対する請求について<省略>
第二原告の被告日本信販を除く被告らに対する請求について(以下、本件理由第二において、被告らというのは、被告日本信販を除く被告らを指す。)
一<省略>
二右一1、2掲記の事実に、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
1 原告は、かつて電話加入権の売買を業とし、その後バッティングセンターの経営に転向した者であるところ、従前の職業上の経験から株式や債券の現物の取引をしていたが、より安定した収益をあげうる取引をしたいと考え、證券新報の広告等をみて金取引がそれに適しているように感じ、昭和五三年七月初めごろ、右の広告で名を知つた被告東京東亜に金取引の内容を知りたい旨電話をかけた。すると、まもなく、被告東京東亜の従業員の堀尾某が原告方を訪れ、金地金一キログラムにつき二〇万円の契約金を支払い、何か月か先に約束の値段で金地金を引取ることを約しておき、その約定期限に約定代金(既納の契約金はその内金に充当)と手数料を支払えば、金地金の現物を買う取引ができる、といつた程度の説明をし、かつ被告東京東亜が信頼しうる会社である旨をも話し、原告に金取引をするよう勧めた。原告は、何か月か先に金地金の現物を引取れるという点に金取引が安心できるものであるように感じ、同月七日、被告東京東亜に対し、別紙第一取引一覧表1、2記載の金地金一〇キログラムの買注文をした。原告は、同月一〇日、被告東京東亜に対し、本件債券を、「金地金の売買保証金」名義で、要するに商品取引における証拠金代用有価證券と同趣旨のものとして、預託した。原告は、その後、被告東京東亜に対し、同年八月一一日右一覧表3記載の五キログラム、同年一二月七日右一覧表4、5記載の各一キログラムの各買注文をした。
原告は、昭和五四年一月二六日に約定の受渡期限(限月)の到来する金地金一一キログラム(右一覧者1、4)を引取る(現受する)ことになつたが、そのころ、被告東京東亜の取締役である被告大坂、同道道から、原告の取引量が拡大しており、その取引に関して被告東京東亜の日本国際金取引協会(被告市場が中心となつて組織運営している。)に対する信用を維持するため、右金地金を金取引を保証するいわば見せ金として協会に預けたいので、右金地金を被告東京東亜に預託して利用させてほしい、その利用料として月額九万九〇〇〇円を支払う、旨の申出があり、原告はこれを承諾し、右同日、約定代金及び手数料を支払つて右金地金一一キログラムを現受すると同時に(ただし、原告において現実には金地金の現物の所持を取得することなく、)、返還期限を同年七月二六日、ただし一か月前の通知により預託を継続することができる、との約により、被告東京東亜に対して右金地金を預託した。
被告東京東亜は、右同年一月二六日、右金地金を右協会に預託し、同協会理事長被告三宅の名で被告東京東亜あてに預り証が交付された。
その後、同年三月限の原告の買注文計一一キログラム(右一覧表2、5)及び七月限の買注文五キログラム(右一覧表3)のうちの二キログラムについては、原告は、約定代金と手数料を支払つて現受した(右五キログラムのうち残る三キログラムについては、原告において同年三月六日に反対売買すなわち七月限の売注文をして、決済したので、現受していない。)。
昭和五四年二月二日以降、原告は、前記預託した金地金を引当てとする考えのもとに、三回にわたり売注文(右一覧表6、7、8)をしたが、金の現物価格が上昇傾向にあるように窺われたことと、折角買受けた金地金はそのまま資産として維持したいとの気持から、いずれも反対の買注文をし、それぞれ損金を支払つて、取引を決済した。その後は、原告は、買注文をするばかりであつて、売注文をしようと考えたことはなかつた。
昭和五四年七月二三日以降、原告は、それ以前から「東亜貿易株式会社」の大阪支店長という肩書で原告との取引を担当するようになつた被告我孫子のつよい勧めによつて次第に取引量を拡大し、同年一二月六日までで、かなり頻繁に合計一六〇キログラムの買注文(右一覧表9ないし31)をした。当時、金の現物価格は上昇しており、原告はこれに比較してかなり安い約定価格で買注文をしていたため、右買注文の対象である昭和五五年一月限以降の金地金を現受すれば、資産として維持するにせよ、転売するにせよ、高額の利益を得られるものと期待していた。
2 ところで、被告東京東亜は、従来、大阪地方における営業拠点として大阪市北区天神橋二丁目一番一号久徳ビル三階に営業所(天神橋の営業所とか、南森町の営業所と称していたもの。以下、天神橋の営業所という。)を有し、原告との取引も、最初は、右天神橋の営業所においておこなつた。やがて、昭和五四年一月ごろ、被告我孫子が被告東京東亜に従業員として入社し、被告我孫子を中心として新たに同市同区西天満五丁目八番八号高橋ビル別館九階に営業所(以下、西天満の営業所という。)を開設し、西天満の営業所でも金取引をするようになつた。被告東京東亜は東京都に本店を有するが、東京都ではほとんど営業せず、大阪市所在の天神橋の営業所と広島市所在の支店において大部分の営業をおこなつてきた。ところが、天神橋の営業所は、西天満の営業所開設後次第に営業成績が悪化し、大阪地方における営業の中心は西天満の営業所に移行していく状態となつた。そこで、被告東京東亜の代表取締役である被告越智健市は、大阪地方における営業は西天満の営業所で漸次集中しておこなうこととし、そのさい天神橋の営業所のかかえる多額の債務の拘束(当時、天神橋の営業所は債務超過の状態であつた。)からなるべく免れたいと考え、被告越智健市と被告我孫子を代表取締役として新会社を設立することとし、同年四月九日、被告大阪東亜の設立登記を経由し、以後、被告越智健市を代表取締役会長、被告我孫子を代表取締役専務と称して、西天満の営業所において営業をおこなつた。そして、同年七月か八月ごろ、同年四月一四日に日付を遡らせて、被告東京東亜から被告大阪東亜に大阪地方における営業を譲渡し、取引上の債権債務その他権利義務関係、資産負債を引継ぐ、などの趣旨を盛り込んだ契約を締結した。
しかし、被告大阪東亜の設立時ないし営業譲渡契約締結時の前後において、大阪地方における実質的な経営、営業の主体、営業内容は、まつたく変わらず、被告東京東亜も被告大阪東亜も同一の東亜貿易株式会社の商号を使用していることもあつて、原告を含む顧客は被告東京東亜と被告大阪東亜を区別することはできなかつた。被告東京東亜と被告大阪東亜自身すら、互いに別会社であることを意識せず、営業し、取引をしていた。すなわち、たとえば、売付買付報告書は同一の用紙が用いられ、ただ同用紙記載の営業所所在地と電話番号が天神橋の営業所のそれから西天満の営業所のそれへと変えられてはいるが、被告大阪東亜設立後もなお数か月間は被告東京東亜の天神橋の営業所のものが記載されたままである。売買保証金等の預り証も同一のものであり、ただ被告東京東亜のものには天神橋営業所所在地の記載があるが、被告大阪東亜のものには営業所所在地の記載がない違いがあるだけである。そして、売付買付報告書及び預り証に押捺された会社印は、まつたく同一のものである。さらに、證券新報にしばしば「東亜貿易株式会社」の名称による広告が掲載されているが、右名称による一個の広告の中に被告東京東亜の営業の中心である広島支店の名称ないし電話番号と被告大阪東亜の営業拠点である西天満の営業所ないし電話番号が並べて記載されており(たとえば、昭和五四年一二月二六日ごろの證券新報である甲第二四号証、昭和五五年三月二〇日ごろ及び三〇日ごろの證券新報である乙第四号証の九九、一〇五)、被告東京東亜及び被告大阪東亜とも、被告越智健市を経営主体とする実質的に同一の会社であると意識し、対外的にもそのように表示していたものである。
昭和五四年七、八月ごろ締結された前記営業譲渡に関する契約において、原告との取引関係も被告東京東亜から被告大阪東亜に引継がれており、そのころ以降に被告我孫子が前記のように東亜貿易株式会社大阪支店長と称して原告とした取引は、被告大阪東亜のそれとしてしたものではあるが、それは右契約当事者である被告東京東亜と被告大阪東亜の間においてのみそのようにいえるだけである。原告は、当時もその後も、被告東京東亜と被告大阪東亜が別会社であることを知らず、従前どおり東亜貿易株式会社という一個の会社と取引していると認識していたものであり、両被告会社自身すら前記のとおり対外的に両被告会社を別会社と区別していなかつたのであつて、原告のした右取引は、信義則上、両被告会社において一方の被告のした取引であるから他方(自己)には関係がないといつた主張をすることを許さない性質のものである(以下、単に、原告が被告大阪東亜との間で取引しまたは何らかの行為をした旨をいう場合においても、その取引ないし行為は、被告東京東亜が自己に関係がない旨を主張することを許さない性質のものであるとの意味を含む。)。
なおまた、前記営業譲渡に関する契約において、被告東京東亜の原告に対する本件債券及び金地金一一キログラムの返還義務も被告大阪東亜に引継がれ(ただし、金地金の返還義務は、引継に関する書面には、理由は不明であるが原告からの借入金債務一六六六万五〇〇〇円と記載されている。)、これにより被告大阪東亜は右返還義務につき債務引受したが、被告東京東亜の免責を原告が承諾した形跡はまつたくなく、被告東京東亜も被告大阪東亜と重量ママ的に右返還義務を負担したままの状態である。
3 昭和五五年一月になつて国内の金価格(小売価格)はますます高騰し(一グラム当たり昭和五四年一二月二八日に三九八五円であつたものが、昭和五五年一月七日には五一〇五円に急騰している。)、原告は、昭和五五年一月限の金地金計二三キログラムを一グラム当たり一八〇〇円台から二一〇〇円台の約定値段で買注文していたところから、同月二六日ごろ到来する約定の受渡期限に右金地金を現受すれば、高額の利益を得られるものと見込んでいた。すると、同月七日、被告我孫子から原告に電話がかかり、金相場が暴騰しているので、臨時増保証金として、一月限のものにつき「マル代金」(約定の代金金額)、三月限、五月限のものにつき一キログラム当たり八〇万円、七月限、九月限のものにつき同三〇万円の割合で、原告の買注文計一六〇キログラムにつき約二億円(計算上は一億一〇〇〇万円余であるが、被告我孫子は約二億円といつた。)を翌八日までに預託してもらわねばならない、これを預託しないと買注文を維持することができない旨をのべた。これを聞いて原告は、原告の約定価格が現物価格よりはるかに安く、当然原告において現受に努力するから、原告の現受義務の不履行をおそれて臨時増保証金の預託を要求されるのはおかしいと一瞬感じたが、予想もしていない時期に(先に現受したときは、約定の受渡期限の数日前に約定代金全額を預託した。)きわめて高額の保証金を翌日までに預託するようつよく求められて動転してしまい、買注文をできるだけそのままにして置いてくれるよう頼むのが精一杯であつた。翌八日、原告は、とりあえず手持ちの金地金二キログラムを持参して被告大阪東亜を訪れ、その売却代金で一月限のうちの五キログラムを現受したいと申し出たところ、被告我孫子はこれを承諾するかのような態度を示して右金地金を受け取り、その評価額の九四九万円を保証金として預かる旨の預り証(甲第一八号証)を原告に交付した。そのさい、原告が被告我孫子に対し、先に預託した金地金一一キログラムがどうなつたか尋ねたところ、被告我孫子はそんなものはすでに昨年(昭和五四年)夏に売つてしまつたと答え、原告は、それを聞いてさらに動転したが、せめて右金地金の代価でも支払うよう要求すると、被告我孫子も、被告大阪東亜の右金地金の返還義務を認めたためか、その評価額として三〇八〇万円を保証金の趣旨で預かつた旨の預り証(丁第六号証の原本)を作成して原告に交付した。しかし、被告我孫子は、右預り証を発行しながら、右金地金一一キログラムについてはその現物に代わる右三〇八〇万円をもつて、一月限の金地金の現受代金に充当するようにしようといつた趣旨のことを原告にいうことはせず、原告が被告我孫子の要求する臨時増保証金を預託しない限り、原告の買注文を維持することはできないと、原告を責めた。
次いで、翌九日、被告我孫子は、原告に電話をかけ、原告が臨時増保証金を預託しないので、原告の買注文一六〇キログラム全部を処分するため売るほかないが、今日は相場が暴落し、明日以降も暴落するので売るだけでは損をするから、ヘッヂとして売注文に対応する買注文を建てよ、というような趣旨のことをのべた(右同日当時、国内の現物相場も本件市場の相場も暴落などしておらず、暴落というのは虚偽である。)。七日以降の被告我孫子の言動に不信感をもつようになつていた原告は、被告我孫子の求めに応ぜず、買注文を少しでも維持したい旨をのべるにとどまつた。右九日中に再び被告我孫子から原告に電話があり、一六〇キログラムの買注文のうち三月限以降の買注文中の四八キログラム(のちに判明したところでは、前記一覧表13、17、18、20、21、23の全部と31のうちの一七キログラム)だけを残し、残る一一二キログラムは売注文を建てて処分した旨の連絡があつたが、さらに新しく一六一キログラムの売りの取引(前記一覧表32ないし35)をスタートさせた旨が伝えられた。原告は、これを聞いて、被告市場の取引に関する規定で原告の買注文を処分されただけなら仕方がないとしても、右のような新たな売注文を勝手にすることは承知しないと異議をのべてつよく抗議した。被告我孫子は、原告の抗議に満足に応答できず、右売注文は取り消すと一時逃れの返事をした。
翌一〇日、原告は、売注文が取り消されたかどうか確かめるため、被告大阪東亜を訪問したところ、被告我孫子は不在であり、経理部長という小野某が右売注文は建てられたままである旨答えたので、原告は激怒し、九日以降の取引は被告我孫子が原告の意思に基づかずにしたものである旨抗議した。そして、原告は、弁護士とも相談したうえ、翌一一日、西天満の営業所所在地を肩書住所とする「東和貿易株式会社(代表取締役越智健市)」あてに、右一六一キログラムの売注文は被告大阪東亜が勝手にしたものであつて原告は関知しない旨を記載した通告書を送付した。
この当時、被告越智健市は被告大阪東亜の西天満の営業所に居り、被告我孫子は、被告越智健市と相談しながら、原告との交渉、原告の名による取引等をおこなつたものであり、右一月八日に原告が被告大阪東亜を訪れたさいには、被告越智健市も被告我孫子とともに原告と会つて話をしており、また原告の右通知書に対し、被告越智健市が代表取締役として、原告に対し、右通告は事実に反する旨の回答をしている。
右一月九日の段階において、被告大阪東亜は、原告の買注文のうち残つた前記四八キログラムと新たな(被告我孫子が無断でした)右一六一キログラムの売注文の全部についての保証金は、これまで預託をうけているもので足りる、との見解を採つたが、同月一六、七日ごろになると、相場が動いて損失が出ており、預託をうけている保証金では損失を填補できないといい出し、中途解約と称して一方的に、買注文については反対の売りを建て、売注文には反対の買いを建てて、取引の全部を一挙に決済し、その後、原告に対して、損金と手数料を支払つてもらわなけれがならないと主張し出すにいたつた。
4 本件取引に関して原告が預託しまたは引渡した本件債券、金地金一一キログラム及び二キログラム(個々の金地金は、それに刻印された記番号(コードナンバー)によつて特定される。)のうち、まず本件債券については、被告東京東亜が原告から昭和五三年七月一〇日に預託をうけたのちまもなく、被告東京東亜が代表取締役である被告越智健市の名で被告日本信販から融資をうけるにつき、その担保として被告越智健市の名で被告日本信販に差入れた。その後、本件債券は被告日本信販が担保物として占有しつづけたが、原告に対する返還義務は、被告東京東亜から被告大阪東亜への前記営業譲渡にさいし、被告大阪東亜に引継がれた(ただし、被告東京東亜も返還義務を免れるものでないことは、前記のとおりである。)。
原告が被告東京東亜から昭和五四年一月二六日に現受するのと同時に原告から被告東京東亜に預託された金地金一一キログラムについて、被告東京東亜は、前記のとおり同日いつたん日本国際金取引協会に預託した。被告東京東亜は、右金地金は預託期間中被告東京東亜において自由に運用しうるいわゆる運用預りとして預託をうけたとの見解のもとに(この見解は、預託をうけたさいの原告に対する前記説明とは、若干趣旨を異にする。)、売買取引のために右金地金を右協会に預託したものであるが、約四日後に、売却意思を撤回して右協会から返還をうけた。ところで、原告、被告東京東亜、右協会間の右金地金の各引渡行為は、実際には金地金の現物そのものの所持の移転を伴つたものでなく、預り証等の書類の授受のみによつてされたが、右金地金の占有は結局被告東京東亜に帰することとなり、被告東京東亜も原告に対して右金地金の預託物返還義務を負担していることは認め、被告大阪東亜に対する前記営業譲渡のさいにも、借入金としてその返還義務を引継いだ(これにより被告東京東亜が返還義務を免れるものでないことは、前記のとおりである。)。
その後の昭和五五年一月八日、被告大阪東亜は、右金地金一一キログラム、及び同日原告から前記のとおり同年一月限の金地金五キログラムの現受のため引渡しをうけた前記金地金二キログラムのそれぞれについて、その評価額による預り証(丁第六号証、甲第一八号証)を発行することによつて、同日の段階において右各金地金を預かつて原告に対して返還義務を負担するものである旨を認めたが、同月一八日には、原告に損金が生じたため、右各金地金全部を処分して損金の一部の填補に充てたので、原告に対して返還義務は負わない旨主張するにいたつた。そのころも本件債券は被告日本信販に預けられたままであり、被告大阪東亜もこれを処分したとはいわないのに対し、右各金地金については、その現実の保管場所がどこであつたにせよ、被告大阪東亜において原告の預託物としての返還義務を認めた右一月八日の時点では、未だ被告大阪東亜が右各金地金に対する占有を有したものであり、その後の同月一八日ごろにおける売却処分によつて占有を失い、これにより、原告は、被告大阪東亜からも、これとともに返還義務を負担している被告京東ママ東亜からも、原告の預託した右金地金の返還をうけることができなくなつたものである。
5 ところで、原告のした本件取引は、被告市場が開設運營する私設の金取引市場である本件市場においておこなわれる金地金の延勘定取引と称するものである。被告市場は、代表取締役である被告三宅が理事長となつて日本国際金取引協会を組織し、協会加盟の会員によつて金地金の取引をおこなうものとしている。本件市場における現実の取引に参加できるのは、会員のうちの特別会員のみであるが、その特別会員は、協会が発足した昭和五一年当時二十数社あつたものが、顧客との紛争等を原因とする除名、昭和五四年四月ごろにおける特別会員間の自己玉による仕手戦に破れた会員の倒産を原因とする脱会などによつて一〇社程度に減少し、本件市場を事実上閉鎖した昭和五六年九月ごろには、被告東京東亜、被告大阪東亜を含めて八社に減少していた。
本件市場においておこなう延勘定取引は、将来の一定時点(限月)において現在約定する値段により金地金の現場の売買をすることを予約するという趣旨のものであつて、約定期限に代金の決済と現物の授受をすることを建前としている点において、現物取引の変形とみられなくもないことから、被告市場も、被告東京東亜、被告大阪東亜等も、顧客に対してこれを現物取引の一種であるかのように説明していたが、約定期限(限月)到来前にそれと同一の期限(限月)を設定して反対の売買(予約)をおこない、その反対売買をした時点で損益を精算することを認めているため、約定期限経過前に差金決済をすることを認める先物取引と実質において変わりがない。もつとも、被告市場等においては、反対売買を認めても、取引の委託者は、約定期限まで取引関係から離脱できないので、先物取引とは異なる旨説明するが、実際には、中途解約と称して、反対売買をした時点で損益を計算し決済することがおこなわれ(甲第二五号各証)、しかも中途解約といいながら、取引を委託した顧客を受託した業者との合意による解約でなく業者の一方的意思表示による取引の手仕舞さえおこなわれており(原告の場合の昭和五六年一月八日における被告大阪東亜による中途解約は、まさにこのようなものである。丁第八号証)、そして右いずれかの中途解約による取引の決済が常態化しているのであつて(原告の場合もそうである。)、先物取引と実質的に同じである。
ところで、金は、商品取引の対象となる商品ではあつても、穀物等とは異なり、無国籍通貨と呼ばれるほどに安定した価値をつねに持ちつづけるものであり、ある取引時点における金の先物価格は、その時点における現物取引価格に約定期限までの金利及び保管料を加えたものとなる、という性質をもつ、もちろん、現物価格はその時々の要因によつて変動し、これに影響されてその時々の先物価格は変動するが、特別の事情のない限り、現物価格と先物価格との間の右の関係は変わらず、したがつてある時点における先物価格が現物価格より低いという「逆ざや」の現象は、よほどのことがない限り生じない(世界的に有名な金取引市場であるニューヨーク・コメックスにおいて、金について、逆ざやの現象は一度も生じていない。)。また、先物価格は、約定期限を先にするにつれて次第に高くなるものであるから、限月の近いものが遠いものより高いという現象も異例のことである。また、限月の先のものが限月の近いものより高くなるといつても、たとえば一一月限のものがわずか二か月前の九月限のものより一挙に五割も高くなるというのも、そうあることではない。ところが、前記協会の名で証券新報に公表された本件市場における金取引価格は、右異例の現象がひきつづいて生じたことを示すものである。すなわち、昭和五四年一二月から翌五五年一月までの期間だけとつても、国内の現物取引価格が本件市場における先物価格よりはるかに高く、かつ先の限月の先物価格が近いものより安い、という二重の逆ざや現象が常態化し、また一一月限以降のものが九月限以前のものより五割程度高い(すなわち、九月限から一一月限に移るところで急に五割程度高くなつている。)という現象が右の二か月の間中継続している。本件市場において取引が正常におこなわれていれば、たとえば右最後のような現象が生じた場合には、九月限以前のものに買注文が集中し、一一月限以降のものに売注文が集中して、両者の価格が次第に接近し平均化するはずであるが、本件市場では長期間にわたつて一一月限以降のものが九月限以前のものより大幅に高い状態のまま推移している。こうした現象あるいは逆ざやの現象が常態化していたことは、本件市場における取引価格の形成が公正におこなわれていないことを示すものであるが、右協会はその原因を調査することもせず、またなんらの対策も講じていない。
ところで、右協会は、延勘定取引について、委託者が注文のさい約定価格の二割以内の保証金(予約金)を預託すべきこと、及びその後の相場の変動により預託した保証金の相場に対する割合が当初め割合の二分の一に減じたときは、その差額を追加保証金(追加予約金)として預託すべきことを定め、顧客に交付する取引のしおり(甲第一五号証)にもその旨を記載しており、さらに、被告市場の定めた取引準則によれば、被告市場の運營委員会において保証金を割増させる必要の有無及び必要と認めたときの割増金額を決定するものとされている。また、右協会、被告市場ないし被告東京東亜、被告大阪東亜ら取引業者は、保証金の割増は、金相場が激しく動き、顧客が約定期限に取引を決済する義務を不履行とする事態が予測される場合に、顧客の債務の履行を確保し、顧客の債務不履行による業者の損害を回避する保險の趣旨でおこなう旨を説明している。昭和五五年一月七日に被告我孫子が原告に預託するよう求めた臨時増保証金というのも、右追加保証金ないし割増保証金に含まれるが、協会があらかじめ定めて前記しおりにも記載されている金額をはるかに超えており、被告我孫子が原告に説明したところによれば、金相場がとくに異常に変動しているため、右高額の臨時増保証金が必要になつたというのであるから、被告市場の運營委員会の決定を省略して右臨時増保証金を預託することを決めることは許されず、同委員会の慎重かつ適正な判断を経て決定されたものであるべきはずである。ところが、右の当時、被告市場において運營委員会は有名無実の存在となつており、保証金割増の決定は、被告三宅が、特別会員である業者からの保証金額割増の意向に基づき、被告市場代表者としての立場において単独で(運營委員会の協議を経ることなく)おこなつており、昭和五五年一月初めごろに被告市場が臨時増保証金の徴収を決定したさいも、実質的には、被告三宅が、ある業者の意向にしたがつて、単独でこれを決めたものである。そして、この場合の業者の意向というのは、保証金の額を上げてくれ、という程度のものであり、これに対する被告市場の決定も、単に割増保証金を徴収することを決めるといつた程度のものであつて、割増金額等の具体的な内容は、すべて、業者の自由な判断にまかされ、被告市場は、業者がどのような条件のもとにどのような割増金額を定めても、これを放置したままにしていた。ところで、保証金の追加預託は、もともと、先物取引において買注文または売注文をした商品価格が変動して、計算上、顧客に差損を生じたときに、業者が先物取引によつてうける危険の発生を防止し、その経営の健全を図るためにされるものであるが、被告市場等の前記説明による追加保証金(予約金)も、まさにこのような趣旨のものにほかならない。延勘定取引が被告市場等のいう現物取引であるならば、差金決済はされないから顧客は相場の変動に関係なく注文時に約定して価格で限月に現物を授受する義務を負担するだけであつて、限月到来前に顧客に差損を生じることはなく、したがつて顧客に追加保証金を預託させる必要はない。しかるに、右のように追加保証金を預託すべき場合が被告市場であらかじめ定められ、前記しおりにも記載されているのは、顧客の約定価格とその後の相場とを比較して、かりにその時に顧客の注文と反対の取引をしたと仮定して、そこに計算上の差損が生じたとみなしうる場合があること、すなわち延勘定取引においても先物取引におけるのと同様の差益差損が生じることを、前提としていることを示すものである。しかし、昭和五五年一月七日当時において、同日ないし同月四日の本件市場における一月限ないし九月限の取引価格の、原告が買注文をした計一六〇キログラムの個々の約定価格とを比較してみると、一月限、三月限の注文については、そのすべてについて原告に右の意味での差損は生じておらず、五月限のものについては六回の取引のうち二回分についてのみ差損を生じているが、右しおり記載の追加保証金を必要とするほどの差損はなく、七月限、九月限のものについては全部について差損を生じているが、これも右追加保証金を必要とするほどの差損ではない。さらに、追加保証金の預託が、相場の変動によつて顧客の限月における約定値段による現物授受の決済義務の不履行が予測されるときに追加保証金を預託させる必要があるという点についてみても(被告我孫子はこのことを強調する。)、右昭和五五年一月七日当時、前記のごとく金の現物価格は高騰していたが、本件市場における先物価格は現物価格に伴つて変動することをせず、現物価格よりはるかに安い相場で推移していたものであり、原告らのように当時の現物価格よりはるかに低い約定価格で買注文をしていた顧客にとつては、近く限月の到来する取引については金地金を現受すれば自己(顧客)に有利なのであるから、その債務(現受義務)不履行のおそれがこのときに生じたとか増大したなどということはまつたくなく、この意味での追加保証金を原告に預託させなければならない必要はまつたくなかつた。そしてまた、右の当時、被告大阪東亜が前記のように「臨時増保証金」の語を使用して原告に保証金の追加預託を求めている点からみて、右保証金が金相場の異常な乱高下による金取引の過熱を防ぐために、顧客に差損が生じていると否とにかかわらず、まつたくの臨時特別のものとして預託すべきものとする性格を与えられていたとしても、この当時、たしかに国内の現物取引における金相場は高騰していたが、被告市場における相場はまだ平静に推移していたのであつて、被告大阪東亜が原告に要求したほどの高額の保証金の追加預託をさせる必要はなかつたものである。ところが、被告大阪東亜においては、原告に対し、一月限の買注文については約定代金全額その後の限月のものについてもきわめて高率の、原告が急には預託することができないようなきわめて高額の金員を、金相場の変動に関して一部真実と異なる事実まで告げて、臨時増保証金として僅か一日後に預託するよう要求し、これを預託しない限り取引全部を処分(中途解約)する旨を通告するという、乱暴な運用をおこなつた。被告大阪東亜は、被告市場の決定にしたがつて、被告大阪東亜も顧客から臨時増保証金を徴収することにしたことを被告市場に連絡報告したが、被告市場は、その臨時増保証金の内容、とくに、差損も生じておらず、顧客の債務不履行のおそれもない取引についてまで、臨時増証拠ママ金を徴収する、といつた内容を把握検討し、これに対する対策を講ずる、といつたことをまつたくしていない。
以上のとおり認めることができ、被告越智健市、同我孫子(各第一、二回)、同三宅、同大坂各本人尋問の結果中右認定と抵触する部分は措信しがたく、他に右認定を覆すに足りるほどの証拠はない。
三1 本件市場における金地金の延勘定取引が、実質において商取法二条四項にいう先物取引に該当することは、右認定により明らかである。そして、<証拠>に弁論の全趣旨を合わせると、「金」は、昭和五六年九月一六日公布(同月二四日施行)政令第二八二号によつて、商取法二条二項にいう政令で定める物品(指定商品)に指定されたが、金が指定商品でなかつた当時においても、従来、政府により、指定商品に限らず、あらゆる商品について、商取法二条四項にいう先物取引をする商品市場に類似する施設を開設することは、商取法八条によつて禁止される、との見解が採用されていたところ、昭和五五年四月、ある衆議院議員の質問主意書に対する政府の答弁書において、「金のいわゆるブラックマーケットに参加している多くの業者の契約約款等には、転売及び買戻しによる差金決済を行わない旨の条項が設けられており、これらの業者が金のいわゆるブラックマーケットにおいて行う取引は、いわゆる先物取引に該当すると判断するには困難があり、また、同法(商取法)が、同法第二条第二項において定義されている「商品」について価格の形式等の公正等を図ることを目的としているところからみて、同法第八条第一項の規定によつて禁止される施設に「商品」以外の物品に係る施設が含まれると解することは困難である。」とのいわゆる逆転解釈がされたことが認められる。しかし、右逆転解釈は、取引約款の定めと異なつて、差金決済を実質的に容認し、先物取引と変わらない内容をもつ本件延勘定取引のような取引には、そのままあてはまらないというべきである。商取法が商品取引委託者たる顧客の保護を一つの目的としていることは、商取法の全体をみれば明らかであり、先物取引について知識の乏しい顧客が、前認定のごとく公正な価格形成がおこなわれないおそれの大きい本件市場のような私設市場における取引において、商取法によるなんらの保護もうけることなく放置されたままにおかれることは、商取法の趣旨に明らかに反するものであり、このことは、金が指定商品とされていると否とによつて変わることがないものというべきである。
したがつて、金が指定商品とされる以前にされた本件延勘定取引も、それが先物取引である以上、商取法の規制の対象となるというべきであり、被告市場による本件市場の企画開設運營及び本件市場における本件延勘定取引は、商取法八条によつて禁止される違法な取引であるというべきものである。
2 前認定のとおり、前記協会では、本件市場で取引をする資格のある特別会員が当初の半数以下に減少し、残る一〇社以下という少数の特別会員のみによつて取引をしなければならなくなつており、本件市場は、商品取引市場としては基盤のぜい弱なものでしかなく、もともと公正な価格形成がされることを期待することができなかつたものであり、実際にも、かなり長期間にわたつて、金取引においては異常な逆ざや現象が継続し、また五五年九月限の価格と一一月限の価格との間に金相場の常識を逸脱した大きな格差が継続して生じたままになつているなど、本件市場において国内の金の需給を正しく反映した取引による相場形成がされていれば、長く継続するはずのない異例の事態がつづいており、公正な価格形成はされていなかつたものというほかない。とくに、昭和五四年末から昭和五五年初頭にかけてのように、国内の金相場が本件市場における先物価格よりはるかに高いといつた事態が生じれば、顧客からはほとんど買注文ばかりが殺到し、特別会員である業者がこれに対応する売りを建てることでもしない限り、売買取引が成立することも困難であるはずであり、すくなくとも買注文の殺到によつて取引価格が急騰したはずであるが、現実には前記のとおり、前記協会では本件市場においてその取引価格が格別変動することもなく取引がされている旨を公表している。こうした事情に加えて、業者の自己玉による取引(前記諸事情から、本件市場では業者が自己玉により取引を成立させることがほとんど常態化していたと推認せざるをえない。)が価格操作の危険を多く含む性質のものであること、及び証人武田正の証言により認められる本件市場その他類似の金取引市場の内容もあわせ考えると、本件市場では被告らのいうように「せり」によつて公正に価格が決められる建前になつていたといつても、実際には特別会員たる業者のその時々の思惑によつて適当に取引価格を決めていたものであり、被告市場もこれになんらの規制も加えずに放置していたものと推認するほかない。
被告東京東亜ないし被告大阪東亜が、原告に対し、本件市場における延勘定取引が、業者による価格操作の危険の大きい危険な先物取引の実質をもつことを説明した形跡は、証拠を総合してもまつたく認められず、かえつて前認定のとおり、現物取引であるかのようにいつて取引をさせていたものである。加えて、被告大阪東亜は、昭和五五年一月七日、前認定のとおり、原告に対し、本件市場の相場は格別変動していないのに異常な変動をしている旨虚偽の事実を告げて、合理的理由もないのに、原告がとうてい実行することができないような高額の臨時増保証金を僅か一日後に預託するよう要求し、原告がこれに応じられないため、原告の買注文をできるだけ維持したいとの意向を一切無視し(原告が昭和五五年一月限の買注文のうち五キログラムを現受するのに十分な金地金二キログラムの現物を保証金に充てるため預託しているのに、これもまつたく無視し)、買注文の大部分を中途解約と称して処分し、さらに原告に無断で一挙に一六一キログラムという大量の売注文をするという乱暴な行為をして、原告に損害をこうむらせたのである。右協会の特別会員である被告大阪東亜のこうした行為について被告市場がなんらかの規制措置を講じうる態勢を整えていなかつたことは、前認定の事実から明らかであるが、とくに原告が損害をうける引き金となつたというべき臨時増保証金の決定について被告市場自身も関わりをもちながら、前認定の被告大阪東亜が原告に対してしたような不当な臨時増保証金の決定、通知とその運用を放置したままにしていたものである。
3 以上、前認定の諸事実及び右1、2の判断をもとに、被告らの原告に対する不法行為の成否につき検討する。
最初被告東京東亜の名で、次いで被告大阪東亜の名で、原告との間でした本件延勘定取引及びこれに関連して原告に対してした右一連の行為は、商取法の禁止にも触れ、違法に原告の権利を侵害する行為であつたといえる。
原告に対して右違法の行為の全部または一部を直接した行為者は、被告越智健市及び被告我孫子である。被告越智健市は、被告大阪東亜設立後もその代表取締役として原告との取引に関与し、また原告に損害をこうむらせた直接の行為というべき昭和五五年一月七日以降の行為について、被告我孫子とともにこれを実行しているのであるから、被告越智健市と被告我孫子は、原告に対する共同不法行為者であるといえる。
そして、被告越智健市及び被告我孫子は、被告大阪東亜の代表取締役の資格において、その營業の一環として、すなわち職務をおこなうにつき右行為をして原告に損害を与えたことが、前認定の事実により明らかであるから、被告大阪東亜が不法行為責任を負うことはいうまでもない。
被告東京東亜は、被告大阪東亜設立後は、原告との取引にはなんら関係がない旨をいうが、原告主張の法人格否認の法理ないし信義則に照らし、被告東京東亜が被告大阪東亜設立後もそれと別法人であることを主張することができないものであることが、前認定の事実により明らかであり、とくに被告東京東亜及び被告大阪東亜自体すら、対外的には自己を他から区別せず、一個の会社のように表示していたことも前記のとおりであり、そして被告我孫子本人尋問の結果(第一、二回)と弁論の全趣旨によれば、右被告両会社の代表取締役を兼ねる被告越智健市は、大阪においては、二つの資格を明確に区別することなく行動していたことが認められる(被告越智健市本人尋問の結果(第一、二回)中右認定を牴触する部分は措信しがたい。)から、被告越智健市の不法行為は被告東京東亜の代表取締役としての不法行為ともなることを被告東京東亜において否定しえないものというべきであり、したがつて、被告東京東亜もまた、原告に対して法人としての不法行為責任を負うものというべきである。
その余の被告東京東亜の代表取締役ないし取締役である被告越智禧且ママ、同大坂、同石井、同道道についてみると、被告越智禧且ママは代表取締役としての立場上、被告東京東亜の原告との取引への関与を否定することはできず、また被告大坂、同道道は、現実に右取引の一部に関与していることは前認定のとおりであり、被告東京東亜から被告大阪東亜へと引続いておこなわれた一連の本件延勘定取引ないしそれに関連した行為が全体として違法と評価される以上、その一部にでも関係した右被告三名は、本来は、不法行為責任を免れないものである。しかし、本件においては、原告の市張及び前認定の諸事実を合わせて、原告は、本件延勘定取引が違法なものであることを知らずにしたものとはいえ、昭和五四年末までにした取引については、原告自身の意思に基づくことを否定しえないものとしてその取引が有効であることを肯認していることがうかがえるところであり、そして、前認定の事実及び被告大坂、同越智健市(第一回)各本人尋問の結果によれば、被告石井は原告との取引にはまつたく関与せず、その余の右取引に関与したことを否定しえない被告越智禧且ママ、同大坂、同道道も、もつぱら被告東京東亜を主体としてした取引、すなわち時期的には遅くとも昭和五四年七、八月ごろの被告大阪東亜に營業譲渡がされたころまでの取引に関与したにすぎず、その後の被告大阪東亜を主体とする取引には一切関与せず、この取引部分にも関与した被告越智健市とは異なることが認められ、このように原告において取引の効果を肯認している部分についてのみ関与しているだけの被告越智禧且ママ、同大坂、同道道、及び右取引部分にも関与していない被告石井についてまで不法行為責任があるとすることは、当を得ていないというべきである。もつとも、右被告四名については、被告越智健市の不法行為に対する取締役としての監視義務違反の点がなお問題となるが、原告が無断取引として単に違法だけでなくその無効であることを主張し、かつこれによつて損害をこうむつた旨を主張する昭和五五年一月における取引は、(原告に対しては右取引は被告東京東亜には関係がないと主張しえないとしても、)被告東京東亜と被告大阪東亜の内部においては、前記のとおり被告大阪東亜が主体となつてしたものというべきであり、もつぱら被告東京東亜の代表取締役ないし取締役である右被告四名が被告大阪東亜としてされる行為についてまで監視義務を負うことはないと解するのが相当であるから、右被告四名については監視義務違反による責任もないというほかない。
次いで、被告市場が本件市場を企画開設運營して本件延勘定取引のような実質的には先物取引というべき金地金取引の場を提供し、価格操作のされやすいままに放置したことは、商取法の禁止に触れるものであり、それが公序良俗に反する法の許容しないものであるかどうかは問うまでもなく、顧客に対して違法な権利侵害をもたらすことがあるものであることは、すでにみたところから明らかである。右の行為(作為または不作為)は、被告三宅が被告市場の代表取締役の立場においてその職務の一環としてしたものであることも、前認定の事実から明らかであるから、その行為によつて損害をうけた顧客がいるときは、被告三宅はその顧客に対して不法行為責任を負わなければならない。本件においては、昭和五五年一月七日以降における被告大阪東亜の原告に対する(先に乱暴とまで評価した)一連の違法行為について、被告三宅は、被告市場の代表者として、その実態を把握し、これを規制しうる立場にいたにもかかわらず(被告三宅自身、昭和五五年初頭ごろの臨時増保証金の決定を自己がおこない、その決定につき責任があることを認める趣旨の供述をしているのであるから、本件においては、被告大阪東亜の原告に対する前記臨時増保証金の決定、通知に始まる右一連の行為の実態の把握は、職務上相当な注意を尽くしていればできたはずであり、したがつてこれを規制することもできたはずである。)、不注意にも、なんらの規制もせずに放置し、原告に損害を負わせるにいたつたことが、前記の認定判断によつて明らかなところといえるから、被告三宅は、原告に対する不法行為責任を免れない。そして、被告三宅が代表取締役として右のように職務をおこなうにつきした行為に関して、被告市場もまた、原告に対し法人の不法行為責任を負担するものである。
四1 そこで、原告に対して不法行為責任を負う被告らについて、その負担すべき損害賠償額について判断する。
原告が本件延勘定取引の保証金にあてるため、ないし現受代金の一部にあてるため、預託し、または引渡した本件債券及び金地金計一三キログラムのうち、占有が明白であつて占有者から返還をうけることができる本件債券は別として、前認定のとおり、金地金は昭和五五年一月九日から一八日にかけての間に処分されてもはや原告において預託または引渡をしたものの返還をうけることは不能となつたものであるから、原告は、処分時当時の金地金の時価相当額の損害をこうむつたといわなければならない。<証拠>によれば、右処分時当時の国内金相場(小売価格)は、一グラムにあたり四六〇五円ないし六二二〇円であり、原告の請求の基準点とした昭和五五年五月二日の時価は、同三九二五円であることが認められるから、原告は、すくなくとも、原告の請求額全部、すなわち一グラムあたり三九二五円の割合による一三キログラム計五一〇二万五〇〇〇円の損害をうけたものということができる。
2 ところで、被告らのうちに、本件延勘定取引を公序良俗違反で無効というのならば、原告の金地金二四キログラムの現受も無効というべきであつて、これを返還すべき旨を主張する。この主張は、原告に先履行義務ないし同時履行義務のあることをいう趣旨のものかと解されるが、しかし、前記のとおり、昭和五四年末までの取引(右の金地金の現受も含む。)については、原告も、違法とはいえその取引の効果を承認しているのであり、従来自己の行為を正当なものと極力主張してきた右被告らが、今さら自己の例からその行為を違法無効と主張してその効力を否定することは、信義則にも反し、とうてい許されない。
さらに、不法原因給付の主張についても、原告の請求は不法行為による損害賠償請求であつて、不法原因給付の規定が適用される場合にあたらないし、また、原告は本件延勘定取引が違法なものであることを知らずに金地金を引渡したものであることが、前認定事実から明らかであるから、右規定の準用ないし類推適用をすべき場合にもあたらない。
右各主張は、いずれも失当である。
3 さらに、被告大阪東亜、被告我孫子において過失相殺を主張する。
たしかに、原告は、かつて株式等の取引の経験があつたものであつて、本件のような取引についてまつたく無智、無経験であつたとはいえず、被告我孫子のつよい勧めがあつたとしても、前認定のような大量の取引(買注文)をしたことは、自ら多額の損害を招くもとを作つたものといえなくもなく、いささか軽卒ママであつたというべきである。しかし、原告に直接損害を与えた被告大阪東亜の昭和五五年一月七日以降の行為は、すでにみたとおり原告に虚偽の事実まで告げて原告の承諾を得ずに大量の取引をするという強度に違法なものであつたのであり、そしてこの行為部分については、証拠を総合しても、原告に過失があつたものと認めるにいたらないから、それまでに原告に右のごとく軽卒ママな点のあつたことを考慮しても、損害額の算定にあたり原告にとくに斟酌しなければならないほどの過失があつたということはできない。
過失相殺の主張も失当である。
4 最後に、弁護士費用についてみると、本件が解決の困難な事件であつたことなど、本件にあらわれた一切の事情を考慮し、前認定の損害額の約一割にあたる五一〇万円をもつて、本件の不法行為と相当因果関係のある損害と認める。
第三以上のとおりであるから、原告の請求は、(一) 被告日本信販に対し、所有権に基づき本件債券の引渡を求め、(二) 被告東京東亜、被告越智健市、被告大阪東亜、被告我孫子、被告市場、被告三宅に対し、不法行為による損害賠償として、各自、右第二の四1、4の損害の合計五六一二万五〇〇〇円及びこれに対する不法行為後の昭和五五年六月三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、認容し、(三) 被告越智禧且ママ、被告大坂、被告石井、被告道道に対する請求は失当であるから、棄却することとし、(四) 訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(岨野悌介 本間栄一 杉田宗久)
債券目録<省略>